広島地方裁判所 昭和51年(ワ)147号 判決 1976年11月20日
原告
綿谷克己
ほか一名
被告
住友海上火災保険株式会社
主文
一 被告は原告綿谷克己、同綿谷初子に対し、各金七五〇万円とこれに対する昭和五一年三月二日から支払ずみまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。
二 訴訟費用は被告の負担とする。
三 この判決は、仮りに執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 主文一、二項同旨
2 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告両名の請求は、いずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告両名の負担とする。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 事故の発生
綿谷博美(以下被害者という)は、次の交通事故によつて傷害を受け、その結果昭和五〇年七月一四日死亡した。
(1) 日時 昭和五〇年七月一二日午後八時四〇分ころ
(2) 場所 広島県豊田郡安芸津町大字風早、喫茶店「永遠」前路上
(3) 本件自動車 乗用自動車(福山五五な三〇二一)
運転者 河内洋一
同乗者 被害者、行友茂師(いずれも後部座席)
(4) 事故の状況 河内洋一が本件自動車を運転して、高速度で走行中、運転操作を誤つて自車を駐車中の車両に衝突させるなどして事故が発生した。
2 責任原因
訴外綿谷貞美(以下訴外貞美という)は、本件自動車を所有し、自己のために運行の用に供していたものであるから、自賠法第三条本文により被害者らに生じた損害を賠償する責任がある。
3 損害
(一) 被害者の得べかりし利益 一四四四万五七八一円
(1) 被害者は昭和三一年三月七日生れで事故時一九歳の健康な男子であり、六七歳まで四八年間就労可能である。
(2) 収入 被害者は株式会社桝設備工業所に勤務し、年額一一九万七五二八円の収入を得ていた。
(3) 生活費控除 年収の五〇%が相当である。
(4) 中間利息を控除した被害者の死亡時現在値は一四四四万五七八一円となる。
1,197,528×1/2×24.126ホフマン係数=14,445,781
(5) 原告両名の相続 原告両名は被害者の父母であつて、各自被害者の右損害賠償請求権一四四四万五七八一円の1/2にあたる七二二万二八九〇円(円未満切捨)を相続した。
(二) 慰藉料 各四〇〇万円(合計八〇〇万円)
原告両名は被害者から相続した分も含めてそれぞれ四〇〇万円を請求する。
4 保険契約
訴外貞美は、被告との間に、本件自動車につき保険期間を昭和四九年五月二八日から昭和五一年六月二八日までとする自動車損害賠償責任保険の契約を締結していた。
5 請求額
訴外貞美は原告両名に対し、右事故に基いて各一一二二万二八九〇円の損害賠償の責任を負うに至つたので、原告両名は自賠法第一六条第一項の規定に基き保険金額の限度において各七五〇万円及びこれに対する訴状送達の翌日である昭和五一年三月二日から支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1の事実は認める。
2 訴外貞美が本件自動車を所有し、自己のために運行の用に供していたことは認める。しかし、訴外貞美は以下の各理由により被害者らに生じた損害を賠償する責任がない。
(一) 訴外貞美は、被害者に日常自由に本件自動車の使用を許したことなく、たまたま被害者に本件自動車の駐車位置を変更しておくよう依頼してその鍵を渡した。ところが被害者は右鍵が手中にあるのを寄貨として、訴外貞美に無断で本件自動車を乗出したものであるから、運行供用者である。しかして、訴外貞美が保有者として運行供用者責任を問われるとしても、本件の如く無断乗出しをした当人が被害者となつた場合には、その被害者(及びその相続人)が本件自動車の保有者に自賠法第三条本文の責任を問うことは許されない(最判昭和四九、一二、六民集二八、一〇、一八一三参照)。
(二) そうでないとしても、被害者は事故当時訴外貞美から本件自動車を借受け、これを自己のために運行の用に供していた運行供用者である。したがつて、被害者は自賠法第三条に規定する「他人」に該当しないから、訴外貞美が同法第三条本文に基く損害賠償責任を負わない(最判昭和三七、一二、一四民集一六、一二、二四〇七、最判昭和四七、五、三〇民集二六、四、八九八、最判昭和五〇、一一、四民集二九、一〇、一五〇一等参照)。
(三) 更に共同運行供用者に他人性を認容する説によるとしても、事故時の本件自動車の運行はもつぱら被害者の用に供されていたものであるから、被害共同運行供用者綿谷博美(被害者)は賠償義務者とされる他の共同運行供用者である訴外貞美との関係では他人性は阻却される(最判昭和五〇、一一、四民集二九、一〇、一五〇一参照)また訴外貞美の事故時の本件自動車の運行支配は被害者の運行支配を介して保持していたものであるから、被害者の本件自動車の運行によつて生じた事故につき、被害者は訴外貞美に対する関係において他人に該当しない。
3 請求原因3のうち、原告両名が被害者の父母であつて、その相続分が各自1/2であることは認めるが、その余の事実は争う。
4 同4の事実は認める。
三 被告の主張に対する原告の主張
被害者は、事故当時本件自動車の運行供用者ではなく、自賠法第三条の他人に該当する。すなわち、運行供用者性の判定は、日常の自動車の利用と保管の状況及びその人と自動車との間に存在するすべての事情を客観的に考察して判定されなければならない。本件についてみるに、訴外貞美が昭和四九年秋ころ同人のレジヤー等に使用する目的で同人の費用で本件自動車を購入し、修理代、ガソリン代等自動車の管理、維持に必要な一切の費用を負担し、本件自動車の鍵を保管して、レジヤー等に使用してきた。被害者は事故発生まで数回運転練習のため訴外貞美が付添で本件自動車を使用したに過ぎない。したがつて、本件自動車は訴外貞美が日常継続的に同人の使用に供し、その管理、維持を行つていて、被害者はこれになんら関与もしていなかつたものであるから、被害者については運行供用者性を肯定することはできない。
しかして、河内洋一が本件自動車を運転した理由は、本件自動車がスピードの出る車種であつたため、その操縦に興味を持つたからであり、事故は河内洋一が右興味を満足させるために高速度を出したため起きたものである。したがつて、本件自動車の具体的運行支配については、河内洋一のそれが直接的、顕在的、具体的であるということができ、被害者のそれは本件自動車に同乗中死亡した行友茂師のそれと同じ程度であつたというべきである。
第三証拠〔略〕
理由
一 事故の発生
請求原因1の事実は当事者間に争がない。
二 責任原因
1 訴外貞美が本件自動車を所有し、自己のために運行の用に供していたことは当事者間に争がない。
2 被告は、被害者が自己のために本件自動車を運行の用に供していた者(以下運行供用者という。)であるから、自賠法第三条の「他人」に当らないと主張する。
(一) なるほど、成立に争のない甲第一〇号証、甲第二〇号証、甲第二四号証、証人綿谷貞美の証言、原告綿谷初子本人尋問の結果によれば、訴外貞美が昭和五〇年七月一二日昼ころ勤務先である株式会社桝設備工業所で、弟である被害者に対し、風早駅付近の広場に駐車していた本件自動車を人の邪魔にならないよう駐車位置を変えてくれと依頼して本件自動車の鍵を渡したこと、訴外貞美が同日午後六時ころ広島県豊田郡安芸津町大字風早二八一二番地の一の自宅に帰つたが、被害者に対し本件自動車の鍵の返還を求めなかつたこと、そのころ被害者の友人河内洋一らが被害者を誘に来たので、被害者は訴外貞美に断わることなく本件自動車を運転して同所一四七五番地の三の河内洋一方に赴き、同人方前に駐車したこと及び当時被害者は自動車の運転免許を有していたことが認められる。
(二) しかし、
(1) 事故発生当時の本件自動車の運行についてみるに成立に争のない甲第四号証、甲第七号証、甲第一六号証、甲第一七号証、甲第二一号証、甲第二四号証、甲第二五号証、甲第三〇号証、証人河内洋一の証言によれば河内洋一、小島正利、行友茂師、被害者が同日午後六時過ころ右河内洋一方に集つてから、一緒に食事をしようということになり河内洋一の自動車でモーテルに出かけたこと夕食後前記河内洋一方に帰り午後七時過ころから右四名で麻雀を始めたこと、午後八時三〇分ころ停電となり、しばらく燭をつけて麻雀を続けていたが扇風機も使えず暑かつたので、小島正利が「涼みに行つてくる」といつて、ひとり河内洋一方を出、自己の自動車を運転して走行したこと、遅れて河内洋一、行友茂師、被害者が河内洋一宅を出たこと、同人宅前に車三台が一列に並んでいて河内洋一の車が真中にあり直ぐ運転出来なかつたので、一番後ろにあつた本件自動車の運転席に河内洋一が乗り込み、後部座席の右側に被害者が、左側に行友茂師が同乗したこと、河内洋一は、本件自動車がマツダのロータリー車でかなり速度が出るということを人から聞いていたので、午後八時四〇分ころ時速一〇〇キロメートルぐらいを出して制限速度四〇キロメートルの国道一八五号線を進行中、道路右側部分に寄り過ぎ本件自動車が道路右側端から路外に逸脱する危険を感じ、急激に左に転把したため忽ち横すべりの状態となつて操行の自由を失い、道路南側の駐車車両及びガードレールに本件自動車を衝突させたうえ、安芸津町大字風早の陣凱橋南側の河内川に転落させ、被害者及び行友茂師に重傷を負わせ、その結果右両名を死亡させたことが認められる。しかして、被害者が河内洋一に対し、本件自動車の運転を強要したり、高速度で運転することをそそのかしたりしたことを認める証拠は、存しない。
(2) 更に成立に争のない甲第一号証、甲第二号証、証人綿谷貞美の証言、原告綿谷初子本人の尋問の結果によれば本件自動車は、訴外貞美がレジヤーに使用するため昭和四九年秋ころ自己の名義で購入し、代金は訴外貞美が支払い、ガソリン代、修理費等の維持費もすべて負担し、運転ももつぱら訴外貞美がこれにあたり、本件自動車の鍵も訴外貞美が保管していたこと、被害者は事故前に本件自動車を数回運転したが、主として運転練習のためで訴外貞美が付添つていたこと、訴外貞美が被告との間に本件自動車につき自動車損害賠償責任保険契約を締結していたこと(この事実は当事者間に争がない。)が認められる。
(三) 以上の事実に基いて考察するに、(1)被害者は事後に訴外貞美の承諾を得るつもりで自宅から河内洋一方へ行く目的で昭和五〇年七月一二日午後六時ころ安芸津町大字風早二八一二番地の一の自宅から同所一四七五番地の三の河内洋一方前まで本件自動車を運転したものである(被害者の本件自動車の右運転は訴外貞美に対する関係では、いわゆる泥棒運転とは認められない。最判昭和四九・一二・六民集二八・一〇・一八一三は本件と事案を異にするものである。)。しかし、被害者らは河内洋一方から同人の自動車で食事に行き、再び河内洋一方に帰つて麻雀をしていたものである。したがつて、被害者の本件自動車の運転は、河内洋一方前に駐車した段階でいつたん終わつたものと認めるのが相当である(河内洋一方から帰宅する際に再び本件自動車を運転することが予想される。)。(2)運行供用者であるかどうかは、具体的に発生した事故につき、それが自己のためにする運行によつて惹き起されたものであるかどうかによつて判断すべきところ、前記(二)の(1)の事実によれば、事故当時本件自動車を運転していた者は河内洋一であり、かつ仮りに同人が事故当時本件自動車の運行を支配し、運行による危険と利益を保有していた者と認められるとしても、被害者が事故当時本件自動車の運行供用者とは認め難い。(3)本件自動車は訴外貞美が保有し、使用してきたものであつて、被害者が平素本件自動車の運行を支配し、運行利益を享受していたものとは認められない。
以上のとおりであるから、被害者は事故当時、本件自動車の運行に関し、自賠法第三条にいう運行供用者といえず同条にいう他人に該当するものと解するのが相当である(最判昭和四二・九・二九裁判集民事八八・六二九、最判昭和四七・五・三〇民集二六・四・八九八、大高判昭和五一・二・六金融法務事情七九五、四六参照)。そうとすれば、本件自動車の運行供用者である訴外貞美は、被害者の死亡によつて生じた損害を賠償する責任がある。
三 損害
1 被害者の得べかりし利益
(一) 成立に争のない甲第二号証によると、被害者は昭和三一年三月七日生れで死亡当時一九歳であつたことが認められる。政府の自動車損害賠償保障事業損害てん補基準によると一九歳の就労可能年数は四八年であるから、被害者が事故にあわなければ一九歳から向う四八年間就労可能であつたと推認することができる。
(二) 成立に争のない甲第三号証 証人綿谷貞美の証言によれば、被害者は事故当時株式会社桝設備工業所に勤務し、昭和五〇年四月から六月までの三か月間の一か月平均給与は九万二五三三円(円未満端数切捨)であることが認められる。したがつて年収入額は一一一万〇三九六円となる。
(三) 被害者の右就労期間の生活費は収入の五割と推認するのを相当とする。
(四) 以上のことを基礎として被害者の死亡時の現価をホフマン方式により年五分の割合による中間利息を控除して計算すると、次のとおり一三三九万四七〇六円となる。
1,110,396×1/2×24.126=13,394,706(円、円未満端数切捨)
(五) 原告両名が被害者の父母であつて、その相続分が各自1/2であることは当事者間に争がないから、原告両名は被害者の得べかりし利益の損害賠償請求権一三三九万四七〇六円の1/2にあたる六六九万七三五三円あて相続したことになる。
2 慰藉料
慰藉料額は各原告につき被害者から相続した分も含めて四〇〇万円(合計八〇〇万円)をもつて相当と認める。
3 以上の事実によれば、訴外貞美は原告両名に対し各一〇六九万七三五三円を支払うべき義務がある。
四 保険契約
請求原因4の事実は当事者間に争がない。
五 結論
以上の事実によれば、自賠法第一六条第一項の規定に基き被告に対し、保険金額の限度である各七五〇万円(合計一五〇〇万円)及びこれに対する訴状送達の翌日である昭和五一年三月二日から支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める原告両名の本訴各請求は、理由があるからこれを認容し訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条第一項を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 竹田國雄)